そら豆に想う

今年初めてのそら豆を食べました。

ぷっくりとした豆をさやから取り出しながら、昨年亡くなったTさんのことを想いました。

「オレ、葉っぱね!」

農作業の帰り道や、犬の散歩中にお店に立ち寄ってくれていた地元のTさんは、いつも「葉っぱ」を飲んでいました。

葉っぱというのは「リーフ」を描いたフラットホワイトのことです。たぶん、最初から最後まで「フラットホワイト」という正式名称は知らなかったのではないかと思うけど、とにかくいつも上唇の上にうっすらとミルクの跡をつけながら、美味しそうに「葉っぱ」を飲んでいました。

ホタルカフェをオープンする前から、Tさんには本当にお世話になってきました。

ぼくたちが出会った時にはすでに70代半ばに差し掛かっていたと思うけど、畑で精力的に野菜を作り、草を刈り、農協や直売所に卸すだけでなく、都内まで野菜を売りに行ったり、とにかくいつも忙しそうにしていました。

ホタルカフェが始まる直前には、スコップを振るって庭の土を盛ってくれたり、アプローチの踏み石を一緒に買いに行ってくれたり。Tさんの助けがなかったら、お店の前の庭はひどい有様のままオープンの日を迎えていたと思います。

そしてホタルカフェが始まってからは、ほぼ一年を通して毎週のようにキッシュに使う旬の野菜を届けてくれました。

夏から秋にかけてはナス。年始から春までは菜花。そして毎年今頃になると、カゴいっぱいの立派な大玉のそら豆。

それらの野菜を使って作られたキッシュを食べるお客様を、誇らしげに、だけど控えめに見ていたTさんの表情を、いま懐かしく思い出しています。

本当にお世話になりっぱなしで、何ひとつお返しできないまま、Tさんは天国へと旅立ってしまいました。

ぼくたちがこの土地に移り住んでからまだ10年だから、その前のTさんのことは何も知らないのだけど、ぼくたちにとってのTさんは、粋で、ハイカラで、やんちゃで、チャーミングで、かっこよくて、そしてとても優しい人でした。

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2020年はTさんの他にも、カフェを支えてくれた大切な人たちとの別れがありました。

ホタルカフェが開店してから、営業日にはほぼ毎日欠かさずアメリカーノを飲みに来てくれていた近所の陶芸家Hさん。他に誰もお客様が来なかった日にも、午前と午後に一回ずつ足を運んでくれました。Hさんのおかげで、ホタルカフェはお客様ゼロの危機を免れました。

アメリカーノに、ほんの少しの冷たいミルク。カップの取手は左に、スプーンは右に。ミルクを入れた小さなピッチャーはソーサーの右側に。いつもミルクが垂れてしまう雑な作りのピッチャーに文句も言わず、スプーンでゆっくりとカップの中を混ぜながら、たくさんの、本当にたくさんの話を聞かせてくれました。

懐かしのHさんセッティング

そして、いつもぼくたちを応援してくれていた、ぼくの母親もまた、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の混沌の最中、2020年の母の日の朝に、静かに旅立ちました。誰にでも分け隔てなく、優しく、底抜けに明るく、そして自分を貫く強い意志を持った人でした。

もう二度と直接顔を合わせて話すことは叶わないけど、そら豆のさやに、ミルクピッチャーに、ぼくたちが生きるこの世界のあちこちに、彼らの記憶が散りばめられているから、寂しいけど、寂しくない。

会いたくても会えないけど、会いたいと思ったときにいつでも会える。

ぼくたちは決して、自分たちだけの力で立っているのではなく、たくさんの人たちの支えがあって、ここまでやってこれたのだということを、忘れずにいようと思う。

そしてぼくたちが受け取った、溢れんばかりの優しさと勇気と愛情を、これからはeatos Baked Sweetsでたくさんの人たちにお返ししていきたい。

ぼくたちを支えてくれた3人の大切な人たちに、心からの感謝を込めて -

ありがとう。